撮影日:2019年09月04日 15時37分
カメラ:メーカ=Panasonic モデル=HC-X900M

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文明2年(1470)、松平四代の親忠が、松平家の氏神として、
武運長久、子孫繁栄を祈願するため、社を三重県の伊賀から
三州額田郡井田村へ移したのが始まりといわれています。
もとあった地名にちなんで伊賀八幡宮と呼ばれ、地名も伊賀と
改められました。
家康の父広忠も、白羽の矢の伝説(※1)があったり、
家康にも神使いの鹿が現れたり(※2)
関ヶ原の戦いや大阪の陣には神殿が鳴動し鳥居が移動するなど
不思議なことがいろいろ起り、家康も出陣の際には
必ず勝利祈願をするなど、松平家徳川家に非常に信仰の厚い神社と
なっています。

(※1)白羽の矢の伝説
織田信秀が岡崎城を攻め取ろうとしたとき、八幡宮に祈願して井田ケ原に迎え撃った
そのとき先頭に馬に乗った武者が現れ、敵陣めがけて白羽の矢を放った。
すると八幡宮の森の上から黒雲が湧き、嵐を呼んで、白羽の神矢が雨のように敵陣に飛んだ。
たちまち、敵方の3万の兵は退陣した。

(※2)神使いの鹿
桶狭間の戦いで今川義元が倒れ、戦に利なく軍を引かそうとしたとき、
矢作川に八幡宮の神使いの鹿が現れ、家康は無事に大樹寺に入る事が出来た。

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